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山形地方裁判所 昭和38年(ワ)108号 判決 1964年1月28日

原告 阿部栄三郎

被告 星丑松

主文

被告が昭和三十七年五月一日付仙台法務局所属公証人樋口直吉の作成に係る昭和三十七年第九二六号公正証書の執行力ある正本に基づき別紙目録<省略>記載の物件につきなしたる強制執行の内、同目録中二番片袖事務用机二ケ及び十番活字(亜鉛)一百貫に対して之を許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和三十八年七月五日になした強制執行停止決定は之を認可する。

前項に限り仮に執行することが出来る。

事実

原告は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、被告は、昭和三十八年六月二十五日山形市南館六百四十七番地訴外元木清男に対する仙台法務局所属公証人樋口直吉作成に係る同役場昭和三十七年第九二六号金銭消費貸借公正証書の執行力ある正本に基づき、同訴外人方に臨み別紙目録記載の有体動産を差押えた。

二、然し乍ら、右差押に係る物件中二番片袖事務用机二ケ及び十番活字(亜鉛)一百貫は訴外元木清男の所有ではなく原告の所有に属するものである。原告は右物件を昭和二十八年一月六日以降現在迄引続きその他の物件と共に賃料一ケ月金三千円、毎月末日払の約で同訴外人に賃貸中のもので、被告より訴外元木の債務のため差押を受ける理由は存しない。

三、即ち、原告はもと山形市印刷業組合の理事長の職にあつた者であるが、当時組合員であつた訴外元木が経営不振に陥入つたため原告が同訴外人の印刷用機具を付属品共全部買受け、昭和二十八年一月六日売買契約を締結すると同時に之を同訴外人に賃貸する契約を結び、同年三月十四日山形地方法務局所属中嶋陽三公証役場に於て、売買契約に関する第二七九六五号公正証書及び賃貸借契約に関する第二七九六六号公正証書を夫々作成の上、引続き現在迄該物件を賃貸使用させて来たもので、該物件中に本訴に於て原告が差押の排除を求める事務用机二ケ及び活字一百貫が含まれているのである。

四、被告は、前記事情を差押の現場に於て知り乍ら敢えて執行吏をして強制執行をなさしめたので、止むなく本訴に及ぶ次第である。

と陳述し、被告の主張に対し、印刷用活字は一日乃至三日置き位に頻繁に鋳直しされるのが普通であり、一般に目方で特定されるものであるから、たとえ鋳直しされたとしても活字の同一性が失われることはなく、更に訴外元木が後日新たに補充した活字が存在するとしても、それ等は前述のように鋳直しされることにより原告の所有する活字と一体になつたものであると述べた。立証<省略>

被告は、請求棄却の判決を求め、答弁として、請求の原因第一項は認める、同第二乃至第四項は之を争う、被告の差押えた活字一百貫は、原告が先に訴外元木より買受けたと主張する活字十八万六千六百五十本とは異るものである、即ち原告主張の活字は差押前に於て何回となく鋳直しされ、取替えられ、又新たに補充されているので、差押時に於ては既にその同一性を失つている。と陳述した。立証<省略>

理由

請求の原因第一項の事実は、当事者間に争がない。

よつて案ずるに、成立に争なき甲第一乃至第三号証、証人元木清男の証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証、同証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると、原告はもと山形市印刷業組合の理事長の職にあつた者であるが、当時組合員であつた訴外元木清男が経営不振に陥入つたため、原告が同訴外人所有の事務用机二ケ及び活字各号十八万六千六百五十本その他印刷用機械一式を代金二十二万円で買受けることとし、右両名間に於て昭和二十八年一月六日売買契約を締結すると同時に之を一ケ月金三千円の賃料を以つて同訴外人に賃貸する契約を結び、同年三月十四日山形地方法務局所属公証人中嶋陽三役場に於て、売買契約に関する第二七九六五号公正証書及び賃貸借契約に関する第二七九六六号公正証書を夫々作成の上、原告は引続き現在迄該物件を同訴外人に賃貸使用させて来たものであること並びに被告の差押えた活字は同訴外人の賃借使用する活字全部であることが夫々認められ、他に之を覆えすに足りる証拠は存在しない。

そこで、原告が昭和二十八年一月六日訴外元木より買売けた活字各号十八万六千六百五十本と、被告が差押えた活字(亜鉛)一百貫とが同一物であるか否かについて検討するに、証人元木清男、同元木繁の各証言によると、訴外元木清男は、前認定の如く昭和二十八年一月六日自己所有の活字各号十八万六千六百五十本その他印刷用機械一式を原告に売渡した上之を賃借する契約を締結したのであるが、その後賃借使用する活字の内磨滅したもの若しくは字体の古くなつたものを一旦地金に戻して再び活字に鋳直し、或いは別個に新たな活字を僅かづつ補充する等の作業を繰返した上印刷業を継続して来たものであるところ、活字全体の重量としては当初原告に売渡した時と被告より差押を受けた時とで殆んど差異のない状態にあること、即ち、被告の差押えた活字は、原告が訴外元木より買受けた部分が主で、その後に同訴外人が補充した部分が従たる関係にあることが認められ、他に之を覆えすべき証拠は存在しない。而して、印刷用活字は周知の用法上地金を活字に鋳造し、更に地金に戻す循環を繰返すものであつて元々特定性の稀薄なものであるから、原告が訴外元木より買受けた活字が後日右のような状態を繰返したとしても活字自体の同一性は失われないと解するのが相当であり、かく解することが、印刷用機械一式の譲渡並びに賃貸借契約を締結した当事者間の意思にも副う所以であると思料される。次に、原告が買受けた後に僅かづつ新たに補充された活字は、それが地金に戻され、更に活字に鋳造される過程を循環することにより、原告所有の主たる活字に混和して識別すること能わざるに至りたる場合に該当すると認められるので、民法第二百四十五条、第二百四十三条の混和の規定の適用により原告の所有に帰したものと言うべきである。更に、訴外元木が新たに補充した活字の内に未だ右の如き過程を経ていないものが存在するとしても、それ等は個々の活字自体としては殆んど社会経済上の価値を有するものではなく、全体の活字の一部として使用された時に始めて活字としての効用を発揮する点に鑑みるとき、同様に民法第二百四十五条、第二百四十三条を準用し、それ等が全体の活字の中に組入れられた時にそれ等の所有権は主たる活字の所有者たる原告に帰属したものと認められる。以上の如く、訴外元木が新たに補充した活字もすべて原告の所有に帰属したものと考えるのが妥当であり、従つて、前顕甲第二、三号証の目録の内「活字各号十八万六千六百五十本」なる記載は右認定を左右するに足りないものと言うべきである。

果して然らば、原告の主張は理由が有るので本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、強制執行停止決定の認可及びその仮執行の宣言につき同法第五百四十九条、第五百四十八条、第五百五十九条、第五百六十条を各適用した上、主文の通り判決する。

(裁判官 石垣光雄)

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